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●1960年12月「Nature」でプエラリアの秘密が発表された。
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Mircestrol : An estrogen from the plant Pueraria Mirifica
ミロエスティノール:植物プエラリアミリフィカから採集できるエストロゲン
ジェームス・C・ケイン
国立研究開発財団法人、ロンドン W.I
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脱毛・除毛販売 1936年、シンフィールドのデーリングにある国立研究所に勤めるS.J.フォリー博士がケストロン(cestrone)もしくはエイトロディオル(cestradiol)安息香酸エステルをほ乳期の牛に注入することで、牛からとれる牛乳の脂肪分、及び無脂肪の固形分が長期的に増加することを発見した。当時、「enrichment effect(強化効果)」と呼ばれたこの発見は、後に証明され、フォリー博士及びその同僚達によって更なる研究が進められた。
1948年の早春、西オーストラリアのパースに住むH.W.ベネット博士は、バートレット、フォリーの両博士に彼の発見に関して伝えた。それは、当時、西オーストラリアにおける羊の主食であったサブテラニアンクローバー(Trifolium subterraneum)に明らかに含まれているエストロゲン物質(cestrogenic compounds)が、羊の生殖障害の原因であるということだった。この発見及びフォリー博士とその同僚達による研究報告を考慮し、デーリングの国立研究所にて牧草地におけるエストロゲン(cestrogens)の研究が行われることになった。ベネット博士からは親切にも有効な手法に関する役立つ情報が提供され、ロンドンのミドルセックス病院にあるコートルド生化学協会のチャールズ・ドッド閣下と閣下の同僚の方々からは助言及び援助を承った。また、当時、西オーストラリア出身の研究者であったD.H.カーナウ氏も牧草内におけるエストロゲン(cestrogens)に関しての研究を行っていた。
1948年5月、デーリングの国立研究所と隣接した牧草地において、バートレット博士とその同僚達によるエストロゲン(cestrogenic)活動のデモンストレーションが行われた。3 このデモンストレーションにより、化学的な側面から見て、研究所及びコートルド生化学協会で入手可能な資源に関してはさらに強化する必要があり、その解決策を導くための実用的な問題が数多く浮上。続いて、1949年、シンフィールドでの牧草地におけるエストロゲン(cestrogens)の研究にG.S.ポープ博士が参加;この研究の進捗状況はすでに報告されている。4
この研究の初期段階でアカツメクサ(植物の地上茎部分)に含まれるエストロゲン(cestrogens)を獲得する努力がされた。その頃、1940年にはシュラー、ドーン、ホーウェッグによりタイに生息するマメ科の植物の塊茎根から取得できる科学的にも新しく、強力なエストロゲン(cestrogens)に注目が集まり、1940年にバテナントが科学的な見地より調査を行った。この植物はアカツメクサより、少なくとも100倍のエストロゲン(cestrogenic)活動を行うことは明らかで、以下の二つの理由から多大なる興味の的となった。まず、一つ目はアカツメクサと同様にマメ科の植物であり、アカツメクサの軽微な活動がタイで発見された植物の中に含まれる新しいエストロゲン(cestrogens)と同じものであると考えられた。よって、タイにおける研究が後にアカツメクサの研究に大変役に立つのではないかと考えられたのだった。(しかし、結局この予測ははずれ、アカツメクサの活動の原因は極微量の強力なイソフラボノイドエストロゲン(cestrogens)であることが判明)二つ目の理由としては、新しく、強力なエストロゲン(cestrogen)の固有の価値を探求しようとする我々の興味からだ。
この時点で、シンフィールドのスタッフと連絡を取り合っていたバンコクの英国大使館のD.C.リベット・カーナック氏はいくつかのタイの科学雑誌に掲載された関連情報に注目していた。
1932年にカール7が、タイで発見された植物の塊茎根に若返りの薬の活性成分としての価値があるということを初めて世の中に広めた。この植物はタイ国内ではガウクルアと呼ばれ、北タイの林の中に生息する木のツタ類である。この植物の情報は内密にH.B.ガレット氏とE.C.コート博士から彼に伝えられ、その結果、この植物は赤ガウクルアであると結論付けられた。カールの論文が発表されると多くの研究者がその根を採集しだし、1939年にはヴァンタ8がガウクルアに含まれるエストロゲン(cestrogen)を証明し、これはシュラーやその他の研究者によって認証された。しかしながら、その後、タイにおける詳細な植物学的調査により、ガウクルアという呼び名は実際には塊茎根を持ったいくつかの植物種に適用されていることが明らかになりました。そして、この新しいエストロゲン(cestrogen)は無名種であるプエラリアに属していることが判明した。プエラリアは外見は赤ガウクルアによく似ている。その後、プエラリアミリフィカという名前がラクシュナカラ・カシェムサンタ、カシン・スヴァタバンドゥ、エアリー・ショウ9によってつけられた。
1952年にはカシン・スヴァタバンドゥ氏がシンフィールドに乾燥プエラリアミリフィカを6.1kgm、1953年と1954年にはそれぞれ9kgmと4kgmがカシン・スヴァタバンドゥ氏及びロンドン、バンコク両地のブリティッシュカウンシルの援助の下、届けられた。粉状にした茎の粗メタノール抽出物を生物検定法(ネズミの子宮増加テスト)を使用し調べたところ、高度なエストロゲン(cestrogenic)活動を確認。粗メタノール抽出物(乾燥茎の重量の6%)が従来の溶媒分配に適用され、50%以上のエストロゲン(cestrogen)を含む生産物(乾燥茎の重量の0.6%)を作り出し、キーザルガーコラムの分配型クロマトグラフィーにより更なる浄化を行い、結晶化された物質から派出した断片がエチルアセテートで洗われると水晶のような生産物(6.1kgmの乾燥茎から58mgm)が生成される。抽出されたメタノールから、更に結晶化が行われ、細く、長方形の物体が無色の水晶のような生産物を、268?で分解と同時に発生させる。(コフラー型機器)3種の異なった混合溶媒で紙により色層分析をすると、この生産物は均質であるようだった。それぞれの場合において、5%の水溶カリウム炭酸エステルと、ジアゾ化されたp-アミノフェニル2-ジエチルアミノエチルに反応したピンク色のスポットが見られた。従って、融点268?でこの生産物は純粋な化合物であり、ネズミの子宮増加テストにおけるエイトロディオル‐17?(cestradiol‐17?)と同じ効力、また、ネズミのバギナ角質化テストにおけるエイトロディオル‐17?(cestradiol‐17?)の四分の一の効力のエストロゲン(cestrogenic)活動をしていることが分かった。いずれの場合も皮下注入によりエストロゲン(cestrogens)が投与された。メミロエステノール(mircestrol)モという名前がエストロゲン(cestrogen)につけられ、これは、間違いなく、シュラー5により発見された化合物と同一のものである。
更なる生物学的、かつ科学的研究、特にミロエステノール(mircestrol)構造における破壊作用に関しては、より多くの塊茎根が必要だった。S.バートレット博士はこの件に関して更なる塊茎根を採集し、個人的に現場での採集作業を監修。この植物の唯一の生息地は北タイのチェンマイにある森の中で、この植物の採集にあたっては、正式に地元当局と協力して行わなくてはいけないことが明らかだった。この作業に寛大なる援助をしてくれたのは以下の方々:ラクシャナカラ・カシェムサンタ王子、カシン・スヴァタバンドゥ氏、マエジョ農業実験所の所長とスタッフ、バンコクのブリティッシュカウンシルのR.J.ヒルトン氏。
この時点で、本研究に関する国立研究開発協力が始まった。この段階で科学的な新規性がはっきりとしており、問題はすでに知られ、そして豊富な物質からの合成によりその構造が入手可能かどうかということだった。続いて、この開発協力において、先行知識と出版物を考慮し、特許権に関して必要であろう作業が進められた。そして、シンフィールドのD.G.ボンズ博士が科学者として作業に参加するよう財政的な援助が承諾された。茎の採集、ミロエステノール(mircestrol)の抽出、構造の判定に関して発生しうるであろうその他の経費も、この開発協力により財政援助がされた。
バートレット博士が二回にわたるタイへの植物の採集旅行を率い、最初の採集旅行は1954年に行われ、120kgmの乾燥茎が採集され、予算の一部は国立研究開発協力によるものだったが、ほとんどはQuaker Oats, Ltd.によるものだった。続く第二回の採集旅行は国立研究開発協力により予算が組まれ、200kgmが採集された。
タイの有名な植物学者であるスヴァタバンドゥ氏はプエラリアミリフィカが多く生息する場所を二箇所知っており、一箇所はチェンマイの近くのドイステープ山の麓、もう一箇所はそこから100キロほど離れたチェンダオの北だった。回春療法としても地元では明らかに有名な植物であり、バートレット氏とタイ人の同僚が植物を探してチェンダオを車で移動中に道路工事をしている一人の男にこの植物を知っているかどうか尋ねてみた。すると男は「もちろん、我々はそれを食べていますよ」と。この植物の塊茎にほとんど味はなく、一貫してカブのような感じだ。そして、食糧不足があったわけでもない。つまり、プエラリアミリフィカが通常の植物とは違う理由で摂取されていたのかもしれないのだ。地元の人々がいかにこの植物に興味をもっているのかという更なる証拠がこんなエピソードから生まれた。チェンマイにあるイギリス領事館のスタッフであったプック・パッカセム氏が依頼を受けて、30人の地元の住人にこの植物の採集をしてもらうことになった。なんと住民達は森の中で数時間のうちにこの植物を発見し、掘り出したのだった。
1954年11月にはこんな興味深いエピソードもあった。スヴァタバンドゥ氏に付き添われ、バーレット博士がチェンマイにあるサヤムシティ銀行を訪れたときのことだ。何気ない会話を銀行のマネジャーのクライスリ・ニッマナハエミナア氏と交わしていると、マネージャーは彼らがガオを採集しようとしていることに大変興味を持ったようだった。そして、彼の祖父がこの植物から薬をつくり、それにまつわるパンフレットを作成したことを話してくれた。ニッマナハエミナア氏はパンフレットとそのメ薬モの入った壷を一つくれ、そのメ薬モはガオと蜂蜜を半分ずつ混ぜたようで、1953年に作られたものだった。タイ語で書かれたパンフレットは親切にもロンドン大学SOASのスチュアート・シモンズ氏によって翻訳され、それにより以下の情報を得ることができた。表紙には植物の輪郭が描かれていたが、それは植物の正確なスケッチで、以下のように説明書きが併記されていた。「チェンマイの特別理事ルアン・アヌサー・サントンによるガオの蔓塊茎で作られた薬に関する論文。ウパティ・ポン・プリンティングハウス印刷。3000部。1931年5月」パンフレットの中の主な情報はメ古代人モにより書かれた椰子の葉に関する論文で、ビルマの古都であるパガンの寺に保存されていた。その寺は稲妻により破壊され、その際にこの論文が発見された。メポークス(paukse)モと呼ばれるその薬はビルマでは広く知られ、年老いた男女を若返らせる効果があるものの、若い人々が服用することは禁じられていた。ある男性はこの薬を服用し280年生きたということで有名になった。ビルマやタイにおけるガオ(もしくはプエラリアミリフィカ)の驚くべき特徴を示しているこの地元民による民間伝承がこの植物の希少性に関係しているといえるであろう。この植物がビルマで生息しているのかどうか定かではないが、パンフレットの中に記載されているパガン地域は寺を建てるために森の木が切り倒され不毛の砂漠になっていると言われている。タイにおいてはプエラリアミリフィカが調剤学上では毒性を持っていると考えられており、バンコク大学の化学学部においてその構成成分に関する研究が慎重に行われている。1957年11月にバンコクで行われた第9回太平洋科学評議会ではタイとイギリスの共同論文「プエラリアミリフィカの塊茎から採取できるエストロゲン(cestrogenic)物質(ミロエステノール(mircestrol))について」10(共同研究者:ラクシュナカラ・カシェムサンタ、カシン・スヴァタバンドゥ、バーレット、ポープ)に加えて、もう一件の興味深い論文が発表された。タイ人のワーカー、T.ニラニディ、B.カムトーン、K.イサラソナ、そして、D.シエントーンにより執筆された「プエラリアミリフィカ塊茎の構成成分」(未出版)だ。
ロンドンの王宮植物園キューガーデンの園長の協力の下、園内でプエラリアミリフィカを育成する試みが行われようとした。最初の二回の試みは失敗に終わったが、親切にもタイよりE.H.ジャコブ‐ラーカム大佐から送られた苗は未だに生長し、三回目の試みは成功に終わったといえる。1958年11月にはジョイ・ジャコブ‐ラーカム譲がチェンマイにて更に採集し、それらがキューガーデンに植えられている。
タイでの採集旅行で得られた塊茎はミロエステノール(mircestrol)に関する以下の研究目的に有効活用されている。
(イ) 単離作業の向上
単離作業の方法が簡素化され、1kgmの乾燥塊茎から15mgmのミロエステノール(mircestrol)が採取可能になった。過ヨウ素酸塩を反応剤(ミロエステノール(mircestrol)の色テストとしてはかなり感度が高く、正確である)として利用したペーパークロマトグラフィーが効率の良い分析管理を行う。
(ロ) 物理的性質の確認
ミロエステノール(mircestrol)は二つのパターンに水晶化できることが発見されている。一つは安定した水和状態(頑丈な針)で、これは乾裂後に湿気にさらされると水晶化の水分をすばやく回復。もう一つは、非吸湿性で無水状態(細い長方形の板)。後者の場合は268?という急激な融点で、溶解の際には多少の分解が起こる。(コフラー型レオスタット350?に設定)その他のステロイドホルモンのようにミロエステノール(mircestrol)は高度な右旋性を持っている。[a]D17 + 301 ゜(1.08gm/100mlのエタノール)紫外、赤外吸収カーブも単離された物質の純度をみる便利な基準です。
(ハ) エストロゲン(cestrogenic)濃度の確認
すでに記載した特長に加えて、経口によるミロエステノール(mircestrol)摂取ののエストロゲン(cestrogenic)濃度が高い事が分かった:未熟なネズミの子宮テスト11における、スティルブセストロール(stilbcestrol)の約三倍。また、ネズミのバギナ角質化テストにおけるスティルブセストロール(stilbcestrol)の約三分の二。ネズミの乳管の促進において、皮下に注入された場合、エイトロディオル‐17?(cestradiol‐17?)活動が70%を占め、それはネズミを使った似通った実験よりもケストロン(cestrone)が2.2倍も活動的である。
(ニ) 予備的化学研究
オックスフォード大学のドロシー・ホッドキン研究所により基本的分析と分子重量の確認により、ミロエステノール(mircestrol)の分子式はC2H22O6、もしくはC20H24O6とされた。モノメチルエーテル及びモノアセタートの分析で、フェノールヒドロキシル(下記を参照)が反応し、この発見を導いた。ミロエステノール(mircestrol)の他の派出物も他の文献で報告されている。紫外、赤外吸収カーブやその他の化学的特長からしてミロエステノール(mircestrol)は一価フェノールでカルボニル一つ、少なくとも二つのアルコールヒドロキシルグループを保有している。
(ホ) X線分析用ミロエステノール(mircestrol)派出物の準備
化学的方法のみによるミロエステノール(mircestrol)構造の完璧な解明は手に入れる事のできる少量のサンプルだけではとても困難であるようだった。X線の結晶学的分析を利用し、問題解決をすることになった。重原子派出物に3Dを利用したものである。オックスフォードにてドロシー・ホッドキン博士とその同僚により行われ、D・ホッドキン博士はミロエステノール(mircestrol)の単一ブロム代用商品の作成に成功。
(ヘ) X線研究
単一ブロモミロエステノール(monobromomircestrol)のX線による結晶学的測定がノエルE.タイラー博士により行われた。そしてその結晶構造が、ホッドキン博士、J.S.ロレット博士の共同作業により、デュースにある国立理学研究所で3D エレクトロン密度計算を利用し導き出された。これらの計算により導き出された原子の位置は図.1 の(あ)(い)に記載されている。それにより以下のような構造式がミロエステノール(mircestrol)の式として導かれる
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ミロエステノールの構造分子
また一方では、エストロゲン(cestrogenic)の特性を持ったイソフラボン(isoflavones)やイソフラベン(isoflavene)にも関連している。ミロエステノール(mircestrol)はステロイドではなく、生物学的活動は分子幾何学上、偶発的に生まれた特徴の結果であるのだろう。ミロエステノール(mircestrol)の3-OHから18-OH までの実際の距離は10-3A.で、これはエイトロディオル(cestradiol)の3-OHから17-OHのモデルで予測できる距離とほぼ近い数字である。しかし、ミロエステノール(mircestrol)の17-OHの配列とケストリオル(cestriol)の16-OHをそれぞれ3-OHと比較すると、類似性はそんなにない。しかしながら、この繋がりからミロエステノール(mircestrol)はより有力なエストロゲン(cestrogenic)であるということは注目をする価値がある。
(ト) 部分的臨床試験
試験はロンドンのチェルシー女性病院でP.M.F.ビショップ博士とその同僚によって行われた。
ミロエステノール(mircestrol)を10人の女性に投与。10人の内訳は以下の通り;無月経の女性(初期段階:2名、第二段階:7名)、人工閉経の女性(1名)。彼らに1日5mgmを5回、また1日1mgmを別に6回投与。これらの投与の後で、顕著なエストロゲン(cestrogenic)反応が膣スミアにおいて確認でき、角化係数の最大上昇は投与後2,3週間で起こることが分かった。エストロゲン(cestrogen)の消退出血が6回(3回の投与:5日から10日の投与で毎日1mgm、3回の投与:2日から14日の投与で毎日5mgm)の投与において発生しなかった。しかし、以前にエストロゲン(cestrogens)投与を受けた事のある患者に限っては常に消退出血が発生した。消退出血は5回にわたって発生したが、どの場合も投与をやめて7日から18日後に発生。したがって、消退の感覚が経口によるエストロゲン(cestrogens)摂取よりも随分長かったということになる。3回の投与(1mgmを毎日7日間、5mgmを毎日8日間、5mgmを毎日14日間)中毒作用は見られなかった。残りの9回の投与において、中毒作用(倦怠感、頭痛、吐き気、場合によっては嘔吐)が見られた。1mgm投与の場合が5mgmの場合よりもこれといって少ない中毒作用をもたらしたということではなかった。0.1mgmの投与による実験が試みられる。4回の投与によって胸の張り(拡大)、柔和感が増しており、これらの変化は5mgm投与の際に更に強く、頻繁に見られた。2回の場合においては、乳頭の色素沈着が見られ、その後いくらか持続性もあった。人工閉経の患者の場合、顔面潮紅が14日間の投与の間、最初の週に消え、投与をやめた5日後からまた再開。
記載した限られた経験を考慮すると、生成されたミロエステノール(mircestrol)は膣スミアにおいてエストロゲン(cestrogenic)反応を示した。比較的反応は遅く、その効果もある程度長持ちし、常に消退出血を引き起こすわけではなく、今までに試されている服用の中では好ましくない中毒作用を引き起こす傾向もある。
好ましくないミロエステノール(mircestrol)の副作用に関しては、経口摂取でのエストロゲン(cestrogenic)の高度な活動があるにも関わらず薬としてこの物質を使用する事は好ましくないようである。構造を部分修正することで有効的なエストロゲン(cestrogen)を生成することは可能かもしれないが、すべての分子を統合することが困難であることは明確である。そして商業的に実行可能でない。また、ミロエステノール(mircestrol)の構造が新しいものであるにも関わらず、上記に記したとおり、すでに知られているエストロゲン(cestrogen)に関連しているところがあり、その構造や活動関係に関して思っていたような新奇性がない。それにも関わらず、ミロエステノール(mircestrol)は興味深いいくつかの特徴を持ち、その生物学的特性に関する更なる研究が進められている。
(参考文献)
1 Folley, S.J., Biochem. J.,30, 2262 (1936).
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15 Robinson. R., メThe Structural Relations of Natural Productsモm 42 (Oxf. Univ. Press, 1953).
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